1.目的 古代史研究に新たな素材を提供する考古資料であるが、個人を特定できるものは僅かしかないとされてきた。しかし、考古資料には個人の特定ができる指紋を残しているものがある。そこで、粘土を素材とする考古資料から指紋画像の採取と鑑定を行い、その資料の製作に関与した個人の作業内容や作品群を把握することで、生産地と消費地の関係および技術交流の実態把握などに指紋が有用であることを理解しようとした。 2.本年度の実施内容 本年度は、埴輪を主たる対象とした。台部などの基本的な部位の製作法が共通しながらも細部では個々に個性を示す人物像が多く確認できる千葉県・姫塚古墳の埴輪群像について、復元途中の破片から指紋転写と写真撮影を行って指紋画像を採取した。指紋鑑定を行って作者の異同を確定し、多様な課題に迫る作業は来年度に行う。埼玉県産品が運ばれた千葉県の古墳出土埴輪や大量生産が行われた群馬県西部における埴輪には、内面の調査できる範囲に良好な指紋が残らず、作者が恒常的な粘土工作作業に従事していた可能性を示している。近畿地方や九州地方で出土した埴輪は、胎土の質の相異により指紋残存率が低いものの、比較できそうな指紋が残る例もあった。一方で、埴輪以外の考古資料については、関東地方の縄文土器や弥生式土器で指を用いて施文する例に指紋が残る。関東・東北地方の出土瓦には、製作した瓦を持った工人や箆で文字を書く人の指紋が残る例がある。九州・近畿・中部・関東の各地方では須恵器や土師器に指紋を残すものがあり、成形後の移動時について工人の指紋が明瞭に残る中部地方産の須恵器を関東出土品にも確認した。 従来の観察では見過ごしていた部位に指紋の遺存することが多く、本年度はその確認に追われたが、指紋の有効性は予測できた。次年度は一指指紋法による指紋鑑定を行い、製作の実態を把握する。
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