今年度の研究成果 昆虫の生体防御系の進化を、ショウジョウバエの抗菌タンパク質セクロピン遺伝子群及びアンドロピン遺伝子をモデルとし、DNA塩基配列に基づいた分子進化・集団遺伝学的解析から考察を行っている。 (1)セクロピン遺伝子座の進化機構を集団遺伝学的に議論するために、キイロショウジョウバエにおけるセクロピン遺伝子座の種内変異について検証を試みた。セクロピン遺伝子座では脊椎動物の免疫関連遺伝子で観察されるような平衡選択が働いていないことが明らかとなった。一方でセクロピン遺伝子座は、既知であるキイロショウジョウバエの中で最も高い中立的塩基多様度(約3%)が観察され、その原因は種内での組換えおよび近縁種オナジショウジョウバエからの配列の移入(introgression)によるものであることが分かった。これはショウジョウバエの近縁種間において不完全な生殖的隔離が存在する可能性を指摘し、集団遺伝学的見地からも今後究明に値する問題である。 (2)ショウジョウバエにおいて、セクロピンと共通祖先遺伝子から進化してきたと思われる雄特異的抗菌タンパクのアンドロピン遺伝子の起源を探るため、キイロショウジョウバエ近縁数種についてアンドロピン遺伝子のクローニングを行った。現在まで、約1000万年前に共通祖先が分岐したmelanogaster species subgroup8種についてアンドロピン遺伝子の存在を確認した。しかし約6000万年前に分岐したD.virilisでは遺伝子は存在せず、アンドロピン遺伝子が最近になって形成された可能性が示された。一方近縁種間でクローニングしたアンドロピン遺伝子は、アミノ酸置換が多く観察され、更に非同義置換と同義置換の比が1に近い値を示した。これらのことは、アンドロピン遺伝子での正の自然選択の働きあるいは機能的制約が緩いことを示唆している。この原因特定には更に種内変異を調べる必要があると考えている。 アンドロピンとセクロピン遺伝子は非常に近接して連鎖しているにも関わらず、変異の維持機構は2遺伝子間で大きく異なる。これら遺伝子の進化の様相を更に究明することで、昆虫における抗菌タンパク質遺伝子の多様化の議論が可能であろう。
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