本研究の代表者である遠藤は、パンコムギに染色体切断を誘発する遺伝的なシステムを確立し、多数のパンコムギ染色体欠失系統を育成した。本研究は、欠失染色体の切断点のDNA塩基配列を明らかにし、このような染色体切断の分子的メカニズムの解明を目指した。実験材料として任意にパンコムギ染色体欠失系統を50選び、それら及び対照としての正常パンコムギから抽出したDNAをテンプレートとしたPolymerase Chain Reaction(PCR)を行った。その際、PCRのプライマーとして、一方はテロメアの配列から設計したものを用い、他方にrDNAの配列及びランダムプライマーを用いた。この結果、ある一つのランダムプライマーで、欠失系統に特異的なDNAの増幅が見られた。しかも、この増幅はほとんどの欠失系統で見られた。この事実は、プライマーと欠失系統の特定の組合わせでDNA増幅が起こるという当初の予想とは異なり、染色体切断が特定の塩基配列のところで起こっている可能性を示唆した。現在、このPCRによるDNA増幅が、本当に欠失染色体と関連しているかどうかを確かめるため、欠失染色体がテヘロ接合の個体に正常パンコムギを交配した子孫での調査を行っている。また、もう一つのランダムプライマーでは、テロメアプライマーと組み合わさなくても、約70%の欠失系統で特異的な約7kbのDNA増幅が起こった。欠失系統を育成した元の2C染色体(Aegilops cylindrica由来)添加系統ではこのプライマーによる同じサイズのDNA増幅が起こるが、正常系統では起こらないという事実は、トランスポゾン様のDNA断片が欠失系統に移入されていることを示唆している。現在、このDNA断片の塩基配列を解読中である。本研究は、当初の目的を超え、一気に染色体切断のメカニズム迫ることができるような展開を見せている。
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