ヒトの内臓心房錯位症候群は、最も重篤な先天性心疾患の一つである。また、本症の心臓の刺激伝導系は、二つの房室結節とこれを連結するsling of conduction tissueが知られている。著者は、この形態が上室性頻拍の旋回回路形成に関与することを電気生理学的に証明し治療した。本症の刺激伝導系の発生を知ることにより形態の理解を深め治療技術の向上めざすことを目的とした。レチノイン酸投与にて誘発した内蔵心房錯位症候群の実験モデル(ラット)の刺激伝導系の発生過程を免疫組織学的手法で解析した。マウス胎仔心の刺激伝導系の染色が困難であったためWistar-Imamichiラット胎仔を用いた。妊娠第8日にレチノイン酸を15mg/体重kgを腹腔内投与し、内臓心房錯位症候群実験モデルを作成した。正常胎仔心では、胎令12日、14日、16日、18日、実験モデル胎仔心では胎令16日の標本を用いた。抗Connexin43(ギャップ結合)抗体、抗HNK-1(ヒトNatural Killer細胞)抗体、抗PGP9.5抗体、抗Desmin抗体を用いて免疫組織化学染色し、実験モデルラットにおける刺激伝導系を正常ラット胎仔と比較した。胎令12日の正常胎仔心では、室間孔の周囲を取り巻く様にHNK-1が発現した。胎令16日までに心室中隔と房室弁は完成し、His束、右脚、左脚と同様の分布で発現した。しかし胎令16日の実験モデル胎仔心では心室中隔と房室弁は完成せず、大きな室間孔と共通房室弁が残存した状態であった。HNK-1は室間孔の下端に沿って発現した。また共通房室弁の後下端と前上端の二箇所にHNK-1の発現を認めた。このHNK-1の分布は正常とは明らかに異なり、二つの房室結節とsling of conduction tissueの分布に類似した。以上の結果は世界で初めて観察された所見である。
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