研究概要 |
これまでの形態学は、リアス式海岸のような形の骨の縫合や、曲線が樹木状に広がる血管・神経の分布、網目構造が3次元的に広がる海綿骨などの特徴を表すには、言葉で描写するか、正確に描画するのみであった。ところが、最近では理工学系を中心に自然界の事象や形態をフラクタル次元を用いて表現する研究が行われている。そこで、この方法を形態学の研究に応用し、フラクタル次元を用いて生体を構成する器官・組織の形態の複雑さを定量化することを考えた。今年度は、頭蓋骨の矢状縫合の形態の複雑さを定量化することを試みた。 方法は、試料に当教室所蔵のモンゴロイド(日本人)およびコーカソイド(インド人)乾燥頭蓋骨を用いた。最適な解析方法を検討した上で、ディバイダを利用して矢状縫合の形態をトレースし、「折れ線の被覆によるフラクタル次元」を求めた。すなわち、ある長さdの線分を繋ぎ合わせた折れ線により縫合を近似するために、N(d)個の線分が必要であるとする。ここで、いろいろな長さdに対する個数N(d)を測定して、N(d)とd^<-k>の間に比例関係があるとき、ある定数kをフラクタル次元と定義した。実際には、線分の長さdを3mm〜11mmまで2mm毎に変化させ、そのときの個数N(d)を測定した後、それぞれの自然対数をとり、logN(d)とlogdの回帰直線の傾きを求めてフラクタル次元とした。 結果より、矢状縫合の形態はフラクタルと言えることが分かった。フラクタル次元はコーカソイドが1.44(最大1.56、最小1.22)、モンゴロイドが1.23(最大1.37、最小1.13)であった。肉眼で観察すると、コーカソイドの矢状縫合の方がモンゴロイドより複雑であることが分かるが、これを数値によって裏付けることができた。このように、フラクタル理論を応用することにより、これまで定量化が困難であった生体の構成器官・組織の形態の複雑さの測定が可能であることが分かった。 これらの要旨を、第260回東京歯科大学学会例会(平成9年3月1日,千葉)で発表した。
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