研究概要 |
我が国ではメチル水銀やカドミウムによる環境汚染が原因となって水俣病やイタイイタイ病といった中毒事件が発生したが,未だにその毒性発現機構はほとんど解明されていない。毒性発現機構の解明には毒性の標的となる細胞内因子の同定が「鍵」となるが,これら環境汚染物質の標的分子に関する有用な知見は全く得られていない。そこで本研究では,酵母を用いて,遺伝子ライブラリー中から環境汚染物質の標的となる分子の検索を試みた。酵母ゲノムライブラリーを挿入したプラスミドを出芽酵母に導入して,メチル水銀に対して特異的に抵抗性を示す形質変換酵母を検索したところ,無機水銀やカドミウムなどに対する感受性に違いはないもののメチル水銀に対してのみ強い抵抗性を示すクローンを得た。このクローンは遺伝子導入によって標的濃度が上昇したために,メチル水銀に対して抵抗性を示す可能性が考えられたので,このクローンからプラスミドを回収して親株に再導入したところ,プラスミドが導入されたほとんどの酵母がメチル水銀に対して抵抗性を示した。このプラスミド中に挿入されている遺伝子断片を単離してその塩基配列を決定した後に,その情報を基に様々な制限酵素を用いて断片化することによって活性部位を検討したところ,メチル水銀の標的分子と思われる蛋白質をコードする遺伝子を同定することができた。この遺伝子の産物はヒトでもその存在が確認されている酵素であり,しかもその酵素活性がメチル水銀によって顕著に阻害されることも判明したことから,この遺伝子産物がメチル水銀毒性の標的分子の一つである可能性が強く示唆された。本研究によってメチル水銀毒性の標的と考えられる細胞内因子が見つかったが,今後、本知見が突破口となってメチル水銀毒性の発現機構解明に拍車がかかるものと期待される。
|