本研究は、生物試験をすることなく論理的かつ系統的に環境化学物質の毒性を評価するための新手法を開発することを目的とする。具体的には、近年飛躍的に進歩している薬物分子設計のための化学計算手法を活用し、環境化学物質と生体分子との分子間相互作用をコンピュータ計算化学の手法で解析し、作用機構を同一にする一連の環境化学物質群について統括的な毒性評価を可能にするための方法論を開発することを目的とする。研究対象化合物としては、多環芳香族化合物として近年特異な構造と生物作用が注目されているフラーレン、及び、大気中に含まれ環境発がん物質として多くの化合物情報(構造と毒性)が入手可能なニトロ多環芳香族化合物(ニトロアレーン)を選んだ。ニトロアレーン類に関しては、WHO IARC Monographs及び、Environmental Health Criteria収載の化合物データに、新たに合成したフェナンスレンのモノ、ジ、トリニトロ体の構造と毒性データを加え、半経験的分子軌道化学計算(PM3法)により三次元最安定構造の導出を行うと共に基底状態及び励起状態のエネルギーレベル計算を行い、毒性と構造との相関を解析した。その結果、化学計算によって求めた、ニトロ基と縮合芳香環とが作る二面角の大きさ、及び、最低空軌道のエネルギーレベルが、生物活性を決定する因子として重要であることが明らかになった。これらの因子は、ニトロ還元酵素との相互作用及び標的生体分子であるDNAとの相互作用に係わる因子と考えられる。一方、フラーレン類については、生物作用として、GSTを非拮抗的に阻害すること、光照射下で変異原性を発現すること、光励起によりDNA損傷を引き起こすこと等を明らかにした。今後は、化学計算によりフラーレン類と生体分子との相互作用を解析する。
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