本年度は、高は、カルト映画作家として知られる松井良彦の4作品のテクスト分析を、三神は、マーティン・マクドナーの映画『In Bruges』(2008)のテクスト分析をそれぞれ行った後、各自の分析を報告し合い、議論をすることで、映像作品における同性愛、性倒錯者、外国人、小人などのいわゆる社会的に疎外されてきた人々の表象について考察した。松井作品において、これらの社会的、性的マイノリティはかならずしもポジティブに描かれているわけではない。しかし、実社会の一般的な規範の枠組みの中に生きるマジョリティが往々にして「見えないふりをする」これらの存在を暴力的といえるまでに観客に対峙させることは、単にポジティブなイメージを提供し観客に安易なカタルシスを与えるよりもはるかに政治的に批判的な力を持つといえる。また、松井作品の分析における「クィア理論」の有益性についても検討したが「クィア」という概念を同性愛表象を超えた小人症や異形の身体表象やエスニシティの問題にあてはめるには、身体論、民族に関係する理論のさらな考察が必要である。高はカルト映画として高い評価を受けながらも日本映画研究の中で取り扱われることがなかった松井作品を分析した本研究の成果をまとめ、5月の国際メディア・映画学会で発表し、年内に論文を映画研究誌へ提出する。マクドナー監督による映画『In Bruges』においても、小人症、肥満症などに代表される<フリークス=異形の者>の表象が、物語を展開させていく一つの鍵となっている。<異形の者>を全面に押しだし、さらに、殺人、ドラッグ、喫煙マナーといった道徳的タブーを「詩的放縱=Poetic liceace」を用いて描くことによって、根底から覆そうとするスタンスをとりながら、最終的に乾いた笑いを産み出すことに成功している。また、主要登場人物である殺し屋3人のうち、2人をアイルランド人、1人をイギリス人とし、舞台をベルギーのブルージュに設定することによって生じるナショナル/カルチュラル・アイデンティティの問題についても検討を加えた。
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