本年度は、まず第一に、昨年度取り組んだ宦官エウトロピウスに関する研究のなかで課題として残されていた、後期ローマ帝国時代のイリュリクム道をめぐる問題について検討を行ない、その成果の一部を第8回歴史家協会大会(2009年6月6日、関西大学)において口頭で報告した。続いて第二に、近年明瞭になってきた古代終焉期に関する学界情勢の流動化を受け、本研究全体の学説史的な位置づけを明確にするという研究遂行上の必要から、本年度の研究計画を一部変更し、本研究が対象とする時代について全般的な学界動向の詳細な検討を行なった。具体的には、1970年代以降の「古代末期」研究および21世紀以降の「古代末期考古学」の動向分析であり、前者は『西洋古代史研究』第9号(2009年)に学界動向として発表し、後者は第8回日本ビザンツ学会大会(2010年3月28日、関西学院大学)において口頭で報告した。これらにおいては、ピーター・ブラウンらによる「古代末期」研究の特質と問題点を明らかにするとともに、歴史学による考古学の研究成果の利用如何についても問題提起を試みた。第三に、予定通り、前年度までの帝国東部に関する研究から視点を移し、帝国西部宮廷においてホノリウス帝のもとで権勢を誇った武官スティリコについて研究を進めた。まずは近代歴史学が成立した19世紀以降の国内外の関連史資料を広く収集し基礎的な研究環境を整備することから始め、同時代史料の読解を進めるとともに、20世紀後半以降、西欧初期中世史家を中心に研究が進められてきたゲルマン民族のアイデンティティ論およびエスニシティ論の学説史的展開を調査し、その要点を概ね把握することができた。
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