温帯には季節ごとに環境が明瞭に変化し、この変化は毎年同じ時期に繰り返される。その中で冬季は生物の活動に厳しい季節である。そのため温帯の生物にとって一年のうちいつ成長し、休眠し、繁殖するかは非常に重要な問題である。毎年決まったサイクルで繰り返される季節変化に対応した生活史タイミングの適応的進化は季節適応と呼ばれる。 季節適応的な生活史のタイミングをもたらす仕組みは生理学や生態学の中心的なテーマのひとつであり、特に昆虫において盛んに研究されてきた。この季節適応は進化学のテーマとしても非常に興味深いと考えられる。なぜなら季節適応による生活史の進化は、結果として集団間に繁殖タイミングのずれをもたらし、これが異時的隔離として集団間の生殖隔離を生じさせる可能性がるためである。そしてこの異時的隔離は種分化へとつながるかもしれない。しかし、これまで季節適応がもたらす種分化や遺伝的隔離についてはほとんど注目されてこなかった。 冬季活動性蛾類であるクロテンフユシャクは関東平野や東海、近畿地方以南の温暖な地域では冬を通して成虫が活動するが、中部地方以北の真冬に気温が著しく低下し積雪が多いような寒冷地では成虫の活動が初冬と晩冬に分断されることが知られている。本研究ではAFLPマーカーを用いて寒冷地の初冬集団と晩冬集団は遺伝的に隔離されていることを明らかにした。 分布域のほぼ全体からサンプルを集めミトコンドリアDNAの系統地理解析を行ったところ、寒冷地では初冬集団と晩冬集団は互いに異なる系統であり、温暖地である京都では集団内に両方の系統を含んでいた。また、この2系統は中国・四国地方という比較的狭い範囲で分化したことが示唆された。以上の結果から、クロテンフユシャクは中国・四国地方から分布拡大する過程で、厳冬期を避け、その前後の時期を利用しながら北上し初冬型と晩冬型へ分化していったことを示唆する。
|