本年度は、利他性を促す情動メカニズムの基礎と考えられる「他者への同調傾向」に着目した実験を行った。7個体のチンパンジーを対象にまず、色・形の異なる5種類の刺激を用いて遅延弁別課題を訓練した。その後テスト試行では、見本刺激提示後、比較刺激が提示される前に、同種他個体もしくは棒が比較刺激を選択するビデオ画像(1000ms)を提示した(図1)。行動指標は、比較刺激選択の際の正答率および反応時間を計測した。ビデオ画像は、後に被験体が選択するべき刺激に対して同種他個体もしくは棒が(1)刺激も位置も同じ(Both)、(2)刺激のみ同じ(Target only)、(3)位置のみ同じ(Location only)、(4)両方異なる刺激(No)を選択している場面、(5)刺激のみ提示(Control)を用いた。観察する動作主が同種他個体と棒(非生物)で受ける同調効果が異なるのかどうか、また、行動の目的(選択刺激)と位置のどちらにより強く影響を受けるのかについて分析を行った。正答率について分析を行ったところ、全体的にオトナの方がコドモよりも正答率が高いことがわかった。また、(1)よりも(3)および(4)を提示した場合の方が正答率は有意に高かった。さらに、(2)のほうが(4)よりも正答率が高いことがわかった。このことから、チンパンジーは同種他個体もしくは非生物の行動を観察した場合、動きの行き先(場所)ではなく選択した対象(刺激)により注意を向け、同じ刺激を選択する傾向にあることが示唆された。さらに反応時間について分析を行った結果、棒による映像よりも同種他個体による映像の方がよりその効果が強いことが示された。これらの結果から、チンパンジーはヒトと同様に他者の行動を観察した際、他者と同じ目的を行う同調傾向があり、自分と同じ種の行動を観察した際にその効果がより強く見られることが示唆された。
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