研究概要 |
思考や行動のために必要な情報を一時的に保持する認知情報処理システムである作動記憶(working memory)が,自他の心的状態を推測する能力「心の理論(theory of mind)」の行使に際してどのような役割を果たしているかを心理学実験的に検討した。従来は幼児を対象とした発達研究において,作動記憶の発達が心の理論の発達と同期することが明らかにされてきたが,作動記憶が心的状態推測過程のどの部分にどのように関与しているか,そのメカニズムは検討されていない。そこで,本研究では大学生を対象とし,子ども向けの心の理論課題に類似した課題構造の心的推測課題において,心的推測の最中に作動記憶に過剰な認知的負荷を課しかときに大学生がどのような推測判断を行うかを調べた。その結果,過剰な作動記憶負荷を課された大学生は物語の登場人物の行動の推測に関して,登場人物は知らないが自分は知っている情報にもとづいた推測を行ってしまうことが示された。つまり,作動記憶は心的状態の推測に使用すべき情報(本課題では「登場人物は知らない」という情報)を適切なタイミングで利用することに寄与しており,推測時の作動記憶に対する認知的負荷はその利用を妨害したのだと考えられる。しかしながら,心的状態推測中ではなく物語読解中の作動記憶負荷はその上うな過剰推測を引き起こさなかった。以上の研究によって,人の心を読む認知過程における作動記憶の役割が一段と明らかになったと言える。それらの研究成果は日本心理学会大会などで発表された。また,他者と協力して課題解決に臨んでいるときの作動記憶や実行機能(executive function)の役割を検証する心理学実験も実施し,その成果は各種学会で順次発表予定である。
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