本研究は社会性昆虫の分業メカニズムを明らかにするため、兵隊シロアリの攻撃性をモデルに、兵隊の行動を支配する神経改変やそれを制御する分子機構を解明することを目的としている。本年度は「研究実施計画」に基づき、1、防衛行動、攻撃性の上昇における生体アミンの役割の解明と2、兵隊特異的神経改変に関する新規遺伝子の探索を行った。 1では、まず兵隊とワーカーにおける体内生体アミン濃度を液体クロマトグラフィで計測した。その結果、兵隊の脳内ではチラミン量がワーカーよりも多いことが分かった。チラミンは多くの昆虫で攻撃性と関連があるとされるオクトパミンの前駆体である。オクトパミン抗体を用いた免疫染色を行ったところ、食道下神経節内にあるDUMニューロン群の一部が兵隊で大きくなっていることがわかった。これらのニューロンは大顎筋や後大脳に投射していた。これらにより、兵隊ではオクトパミン性DUMニューロンが特異的に肥大化しており、これらのニューロンが大量のオクトパミンを後大脳や大顎筋に放出することによって、兵隊の行動分化がもたらされている可能性が示唆された。 2では、兵隊分化過程の脳と食道下神経節における遺伝子発現変動をディファレンシャル・ディスプレイ法とリアルタイム定量RT-PCRを用いてスクリーニングした。その結果、兵隊分化過程の神経系では14-3-3εやCiboulot、β-tubulinなど、ニューロンの形態変化に関連するような遺伝子の発現が上昇していることが明らかになった。これらの遺伝子は兵隊分化過程の神経系で発現し、神経ネットワークをワーカー型から兵隊型に改変することで兵隊の行動分化に寄与していると考えられる。
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