第一に、日本中世における一切経の書写と宋版一切経の輸入に関わる研究を実施した。寺院生活史の深化を目指す当研究において、この研究は、中世寺院で一切経がどのように受容されたかを考える前提として非常に重要である。また、世俗権力による寺院への一切経の寄進は当時の政治状況を色濃く反映すると考えられるし、宋版一切経の輸入は日宋貿易研究の有効な素材となり得る。こうした関心から、本年度は、平安後期から南北朝期における一切経の書写、輸入、寄進に関わる史料を網羅的に収集し、現存する一切経と合わせて検討を進めた。その結果、書写一切経と宋版一切経の相違点、宋版一切経の輸入・寄進主体の変化などが明らかになった。 第二に、中世の神社における神仏習合の実態を空間から読み取る研究を実施した。神身離脱説や本地垂迹説が流布する中で、寺院の僧侶集団がそれと関係の深い神社に影響力を及ぼした結果、神社が神前法会の場となるなど、神社の境内に仏教的な空間が形成されていった。これは、神社が寺院生活の一部に組み込まれるようになったことを意味する。こうした関心から、本年度は、奈良の春日社に形成された仏教的空間を主な対象とし、春日曼茶羅などの境内図を参照しつつ、関連史料の収集と分析を進めた。その結果、春日社における仏教的空間の歴史的展開、神前法会の執行を通じて興福寺が春日社に及ぼした影響力などが明らかになった。 第三に、泉涌寺(京都市)および金剛寺(大阪府河内長野市)で聖教の調査・撮影を実施し、あわせて伽藍構成を把握するための景観調査を行なった。聖教調査では、律院における寺院生活で最も重要な行事の一つである布薩に関係する新出の西大寺版版本が数点見出され、その分析を進めた。
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