広葉樹・草本リグニンの主要前駆体であるS型モノリグノールの実験室的脱水素重合では、通常、S型人工リグニン(S-DHP)はほとんど生成しないことが知られている。本研究ではこれまで、モノリグノール配糖体の均一系脱水素重合を利用した脱水素重合モニタリング法を開発し、それによるS型モノリグノールの特異な重合挙動の解析を行ってきた。昨年度までの研究で、「S型モノリグノールの重合過程で極めて安定なS型キノンメチド中間体(S-QM)が生成すること」、「S-QMの解消を促進する求核試薬存在下での脱水素重合によりS-DHPが高収率に生成すること」を見出し、それらに基づき、「S-QMの低反応性によりS-DHPの生成が阻害されていること」を提案した。本年度は、リグニン生合成でのS-QMの解消機構の解明を目指し研究を進めた。具体的には、キノンメチド化合物の酸性溶媒中での不安定化に着目し、S型モノリグノールの西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)触媒脱水素重合における溶媒pH効果を調べた。まず、S型配糖体の均一系HRP触媒重合をモデルとしてUVスペクトルならびにGPCによる脱水素重合のモニタリングを行い、重合過程でのS-QMの挙動を調べた。その結果、pH4.5以下の酸性条件においてS-QMの解消速度が大きく加速し、それによりS-DHPの生成も促進されることが示唆された。S型モノリグノールのHRP触媒重合による検証を行ったところ、予測通りS-DHPの収率はpH4.5以下で向上し、pH3.5で最大となった。さらにS-DHPの各種構造解析により、α-アリール型β-0-4構造に対するα-遊離水酸基型β-0-4構造の比率がpH4.5以下の重合で著しく増加することを見出した。以上の結果は、S型モノリグノールのHRP触媒脱水素重合では、pH4.5以下での酸性条件において、溶媒水分子によるS-QMへの酸触媒求核付加反応が速やかに進行し、その結果として、S-DHPの生成が促進されることを示唆する。このことから、天然でのリグニン生合成におけるS-QMの解消機構となり得る因子として細胞壁の低pH環境を提案した。
|