麻疹ウイルスは、発熱、発疹を伴う非常に感染性の強い急性呼吸器ウイルス感染症である麻疹(ましん)を引き起こす。麻疹には効果的な弱毒生ワクチンが存在するにもかかわらず、未だ毎年世界中で2000万人を超える患者と30万人を超える死者を出しており、5歳未満の小児の死因の約4%を占める。2007年度には我が国でも猛威をふるい、高校、大学を中心に休校に追い込まれたのは記憶に新しい。また、感染後、数年を経て1-10万人に一人という確率で亜急性硬化性全脳炎(SSPE)を発症する。 我々は既にX線結晶構造解析により、感染の最初のステップである細胞侵入にかかわる麻疹ウイルス受容体結合タンパク質であるHタンパク質(MV-H)の構造解析に成功した(Hashiguchi et.al.PNAS2007)。その構造から麻疹ウイルスの巧みな細胞侵入戦略や麻疹ウイルスワクチンが50年以上にもわたり成功を収め続けている理由の一端が明らかになった。 現在我々は"X線結晶構造解析を用いた麻疹ウイルスの細胞侵入メカニズムの研究"という研究課題のもと、麻疹ウィルス受容体結合タンパク質であるHタンパク質(MV-H)と受容体SLAMが結合した状態でのX線結晶構造解析を行い、ウイルスの細胞侵入を原子レベルで理解することを目指している。一年目の計画としてMV-HとSLAMの両者のタンパク質発現、精製、結晶化条件の初期スクリーニングによる検討を目標としていたが、全ての過程をクリアし、現在すでに複合体の結晶を得ており、低分解能ながらMV-HとSLAMの複合体結晶構造解析に成功している。従って、既に2年目に予定していた計画を前倒しして、更なる高分解能のデータ収集、及びその構造に基づいた変異導入実験により、麻疹ウイルスが属するパラミクソウイルスの細胞侵入メカニズムを分子レベル及び原子レベルで明らかにするための実験を進行中である。
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