1.19世紀後半から20世紀半ばにサラワク州内陸部でおこなわれた森林産物交易の経過を明らかにした。特にバルイ川流域の歴史を概観し、シハン人の生業経済や他民族との社会関係を分析した。その結果、サイチョウ、龍脳、籐、ダマール樹脂、ジュルトン樹脂、ヤマアラシの胆石など当時の政府財政を支える重要な森林産物採集に従事していたことがわかった。また、当時の社会関係の特徴は、森林資源に依存したバンドの離合集散とバンド構成員の流動性であった。キャンプ生活による二重居住がみられ、かなり昔から移動、分裂、再統合を繰り返してきたことが明らかになった。 2.1960年代に定住した後は、焼畑農耕によるコメの自給率が依然として低いにもかかわらず、森林産物の採集が盛んであった。ゆるやかな生業活動の変化に対して、1980年代の商業伐採の到来は大きなインパクトを与えた。商業伐採により、森林産物採集キャンプは減少し、国際市場向けの森林産物の採集も困難になった。また、商業伐採の到来とあいまって、政府による様々な開発事業が社会関係に影響を与えた。インフラの整備、農業、教育、医療、福祉支援などの開発政策は、シハン人がより「近代的」な生活に移行する環境を作っていったといえる。 3.アブラヤシ農園やアカシア植林などの新たな森林開発に対して、従来の狩猟採集経済や、社会的特徴の再生産を明らかにした。プランテーション下の生活では、イノシシ肉などの動物肉の分配に、第一に細心の注意を払い、それ以外の食べ物はより近い親族に限定して積極的に分配していた。このような頻繁な贈与、分配行為によって社会関係を維持していた。プランテーション下では、現金経済が広く浸透しているが、交換経済と織り交ぜて対処することによって、急激に浸透する市場経済化に対応しているといえる。
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