「鉄道と文明社会ーレフ・トルストイの『アンナ・カレーニナ』とエミール・ゾラの『獣人』」というテーマで、資料収集、論文を執筆した。19世紀のロシアとフランス社会における鉄道の発達過程を踏まえ、『アンナ・カレー二ナ』と『獣人』における鉄道のプロットの比較、鉄道が象徴する文明社会の暴力的側面と人間との関係について比較・分析を行った。本テーマは次年度に修正・発展させる予定である。また、「トルストイとゾラの都市空間」というテーマで研究発表を行った。トルストイの作品(『戦争と平和』、『アンナ・カレーニナ』)とゾラの作品(『パリの胃袋』)に共通して存在する「都市と農村・自然」の構図、都市空間の異常性を異化する存在として登場する自然人、人間存在そのものを脅かす都市の暴力性と、都市文明に支配された人間の暴力性というテーマで比較を行い、こうした観点から、『アンナ・カレーニナ』に登場する「百姓の形象」に新たな解釈の可能性を付与した。 ゾラは、ルーゴン・マッカール叢書の『壊滅』を書くにあたって、トルストイの『戦争と平和』から影響を受けており、同じくゾラの『パスカル博士』や『三都市物語』、『四福音書』にはトルストイの影響と考えられる要素を認めることができる。しかしながら、トルストイとゾラに共通するブルジョワ社会に対する批判精神、虐げられた民衆に対する共感について言及されることはあるものの、こうしたテーマはテキスト分析の次元で十分に比較されていない。本研究では、直接的影響関係があまり指摘されていない『獣人』、『パリの胃袋』といった作品を鉄道、都市、文明という観点からテキストの次元で比較することで、特にロシア文学研究者という立場からは、トルストイ研究に新たな切り口をもたらすことができたと考えている。
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