科研を用いた海外調査では、申請書の計画通りブリティッシュ・ライブラリーの最重要写本のひとつである『テオドロス詩篇』、及びフランス国立図書館の『パリの74番』の実見調査が叶った。 この二冊は11世紀ビザンティンの修道院写本工房を考える上で不可欠な写本であり、顔料の剥落の度合いや綴じの状態などを詳細に調査することができた意義は大きい。 研究成果としては、まず美術史学会全国大会、美学会、比較文学研究会において計4回の口頭発表を行った。それぞれ、会の特質に合わせたテーマめ選定と研究手法を選んだことで、活発な質疑を行うことができた。本年度特に意識したことは西ヨーロッパとの関わりであり、両者に共通するモティーフを取り上げ分析することで、各方面の専門家からのご意見を伺うことができた。また、美学会では新しい余白挿絵詩篇の分析方法を提示し、方法論に優れた専門家からの意見を求めた。二度にわたる比較文学研究会の発表においては、比較文学的な観点からモティーフめ東西伝播を探り、あるいは美学会で示した新たな手法を実際に適用することで得られた知見を発表した。 それらの口頭発表のうち2本を、今年度中に論文の形で発表することができた。ひとつでは西洋古代の写本から中世までのイメージの変遷を辿り、それがやがて日本近代に形を変えて受け入れられていく過程を指摘した。もうひとつでは、『ブリストル詩篇』のこれまで等閑視されていた頁に隠された意味と機能を、口頭発表でも示した手法を用いて分析・指摘した。
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