本研究の目的は、東寺の学僧杲宝によって南北朝期に成立した寺誌『東宝記』について、その歴史叙述の成立と展開を明らかにすることである。歴史には二義があり、ひとつは歴史的事実そのものであり、もう一方は記された歴史、すなわち歴史叙述である。これまでの歴史学研究では、前者の解明が大半を占めていた感が否めない。そこで本研究では、草稿本・中清書本・清書本が伝存しそこに加筆・修正の痕跡が確認できることから、「歴史」がいかにして叙述されていったのかを読みとり得る『東宝記』を題材として、その歴史叙述編纂過程の解明をめざす。さらに、『東宝記』はそのテクストが幾つもの文書・記録類の引用により成立していること、成立後多様な諸本が生成されていることから、一抄物の編纂過程分析にとどまらず、寺院が歴史的情報を編纂することの意味、そして編纂物が担った役割を、東寺に関係する多くの史料によって多角的に解明していく。以上の問題関心のもと、本年度は、『東宝記』編纂、再編纂そして諸本生成の各契機における社会的背景の解明に取り組んだ。第一に、『東宝記』編纂の契機について、その要因と考えられる東大寺・醍醐寺の本末相論と『東宝記』との関係を、テクスト内部の分析により明らかにした(寺社縁起研究会・巡礼記研究会研究集会報告)。第二に、『東宝記』成立後の再編纂時に生成された『弘法大師行状絵』を通じて寺誌・縁起間のテクスト上の密接な関係を明らかにした(鎌倉遺文研究会報告)。第三に、再編纂終了後生成された『東宝記』諸本の調査を行い、それらの歴史的意義について考察した(執筆中)。
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