まず初年度に行ったリスト化作業及び収集した写本調査の結果を踏まえ、追加の写本収集を行った。ウラマーの人間関係把握と彼らの間でのやり取りされた「カリフ論」の内容を中心に調査を進めるために、特に人名事典や書簡集を中心に収集し、その情報を比較検討した。但しその数は膨大なため、本年はカリフ論の大成者であるマーワルディー以前の学者たちの議論を研究対象とし、アシュアリー派の神学者たちおよびハンバル派を中心とした伝承主義者たちに関する作品に焦点を絞り、カリフ論の進展について検討した。特に「正統カリフ」という用語とその言葉が含意するカリフが誰であるかという議論の変遷を追うことで、スンナ派という集団の形成が10世紀後半にあったという結論を導いた。またこれらの知識人の活動と主張に対して、アッバース朝カリフが示した態度についても検討した。加えて、このカリフ論と深く関係する「分派」についての研究が菊地達也氏によつて提出されたため、この書籍に対する書評を行い、自らのカリフ論研究への利用について検討した。 また、軍事政権ブワイフ朝の内部構造に関する研究も進め、同王朝の支持基盤であるダイラム集団の扱いを、王朝を構成する下位の諸政権の性格の違いから捉えなおし、従来、ダイラム排除一辺倒であったとする見解に対して、その誤りを指摘した。 なお、申請者が掲げる厳密な方法論に基づく写本利用による歴史研究という観点から、『イブン・ハルドゥーン自伝』テキストに用いられている諸写本の系統とその分類に対して、校訂者の提示した分類の誤りを指摘する論文をものした。
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