21年度に行った知識人によるカリフ論の発展についての検討を踏まえ、これを通時的に示すと同時に、共時的な視点を導入し、カリフ論を取り上げる知識人たちの間の議論について考察する作業を行った。具体的には、各種の神学著作の内容を読解しつつ、知識人についての人名辞典を参照してカリフ論を含む神学著作の著者たちの横のつながりを洗い出す作業を行った。またカリフ論については、神学分野に加え、法学、哲学分野の著作にも当たり、法学では20世紀初頭の思想家ラシード・リダーの『イスラーム的カリフ論に関するシャリーアの統治』という著作を読み進め、哲学では10世紀後半の哲学者イブン・スィーナーの『治癒の書』に含まれるカリフ論の訳出を行うなど、様々な分野のカリフ論の内容を把握し、包括的な検討につなげるための準備を行った。従来のカリフ論研究が、著作家個人の思想内容の把握に終始しているのに対し、本研究は個々のカリフ論の引用・参照関係や思想の影響の点にも配慮しており、カリフ論の発展や社会に対する影響についてより具体的な成果を提示することになるだろう。一方、アッバース朝カリフがカリフ論をどのように捉え、行動をし、自らのカリフ権力や威信の保持に努めようとしたかを、周辺の軍事政権、特にカリフの行動との関わりが密接なブワイフ朝との関係から考察するため、まずブワイフ朝側の王統観や政権の基盤であるダイラム軍団の重要性について検討した。これらの考察には、継続して校訂作業を行っている『時代の鏡』を中心とした年代記史料群を用いた。 以上の成果を、本年は論文1、翻訳2、書評1、研究発表2、招待講演1において提示した。
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