研究概要 |
本年度は,研究目的である「中東地域の権威主義体制の持続」に関して日本中東学会で発表を行ない,それを加筆修正した内容を慶應義塾大学法学研究科・紀要の『法学政治学論究』で公表した.また,その研究成果の分析手法の理論的・方法論的意義について,「生物学と政治科学のあいだ?:進化的思考・因果的メカニズム・「権威主義の多様性」」と題して,イスラーム地域研究グループの研究会で報告した. まず,学会発表においては,「民主主義への移行に役立つと考えられている在職者・反対勢力間の『協定』が作成されたにもかかわらず,民主化が生じないばかりか既存の権威主義体制が持続している事例が存在するのはなぜか?」という問いの下,ムバーラク政権下のエジプトとベン・アリー政権下のチュニジアの事例を用いて協定作成がその後の体制軌跡に与える影響を考察した.とりわけ,事象の歴史的・時間的過程を重視する比較歴史社会科学アプローチを採用し,「協定が作成されるかどうか」ではなく,「協定がいつ作成されるか」に着目した.これによって,協定作成時点での在職者・反対勢力間のパワー・バランスが体制軌跡に大きく作用し,それがその後の体制動態過程に自己強化的な影響を与えたことを明らかにした。 次に,研究会報告では,上記の議論に加えて,現代中東研究の近年の議論で意識的・無意識的に共有されている《アクターとそれを取り巻く制度の相互作用過程》の理論的・存在論的基礎を明らかにすることを試みた.これを理解する鍵として,「進化的思考」を着目した.「進化的思考」とは,事象の時間的過程を「均衡」としてではなく「持続」として捉え,その時間的過程の因果的メカニズムを特定し,過程追跡によって説明することである.この考え方に即した3つのアプローチを取り上げ,このうちの1つである比較歴史社会科学アプローチの現代中東研究への援用例として上記の学会発表の議論を取り上げた.
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