本年度は、ユーモアの生起メカニズムに関する代表的理論とされる不適合理論に欠けていた「無意味性」の概念について検証を行った。これまで不適合理論ではユーモアを認知的現象とみなす傾向が強く、特有の表情の変化や発声(笑い)を伴う感情現象としてユーモアを捉える視点が欠けていた。近年の感情研究では、感情が生じる際には、対象が自らにとってどのような影響を与えうるかに関する意識的・無意識的な評価が不可欠であるという認知的評価理論がコンセンサスを得つつあるが、不適合理論ではこうした考え方が取り入れられてこなかった。また、近年、進化学的視点からユーモアの起源や適応的意味についての理論的考察が盛んになされるようになった。こうした考察においては、ユーモアの起源は類人猿の「遊び」に求めることができるという遊び理論が主流になりつつある。不適合理論はこうした進化学的理論とも接点を持たなかった。そこで筆者は、論理的・構造的不適合に加え、無意味性という第3の要因がユーモアの生起を規定するというモデルを想定した。無意味性とは、状況が個人的にも社会的にも何ら深刻で重大な意味を持たないという評価を意味しており、遊びという活動の中核になる要素である。本年度の実験では、このモデルを検証するため、論理的・構造的不適合および無意味性という3つの要素を独立に操作し、ユーモアの変化を検討した。その結果、無意味性は論理的・構造的不適合とは独立にユーモアに影響を及ぼすことが明らかになった。 本研究によって、一般的な感情理論や進化学的理論とユーモアの不適合理論が整合的に結びつけられた。この研究成果は現在、学術雑誌「心理学研究」に投稿中である。
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