夜行性の鱗翅目昆虫(ガ類)は夜行性生活への適応の過程で嗅覚受容効率の高い葉脈状の分岐構造を持つ触角を獲得し、一方で昼行性の鱗翅目昆虫(チョウ類など)は平衡感覚器官として棒状の長い触角を持つように進化してきた。本研究ではこの違いが進化の過程でどのように獲得されてきたのかを分子発生学的観点から明らかにすることを目的としている。本年度は、夜行性鱗翅目昆虫の代表としてカイコガを用いて葉脈上の側枝の形成過程の観察とその形成過程に関わる遺伝子の同定を試みた。 (1)成虫の触角となる触角原基は終齢の時期に幼虫触角の内側に急速に形作られ、さらに側枝構造は蛹脱皮後18時間から72時間までの間に上皮細胞の形態変化によって形作られることを明らかにした。 (2)ショウジョウバエの触角の構造を区画分けする遺伝子について、カイコにおける対応する遺伝子を単離し、幼虫の時期と蛹の時期にカイコガの触角原基上での発現パターンをin situ hybridization法により観察したところ、幼虫の時期では昆虫種間で保存された触角を3つの節に分けるパターンを示した。一方で、蛹の時期にはカイコガ特有の側枝構造と深く関連したパターンに変化していた。このことから、カイコガ特有の側枝構造の予定領域は幼虫か蛹への変態の過程で作られることが示唆された。 (3)側枝構造を作る形態変化が始まる蛹24時間において側枝予定領域と隣の上皮を切り分けて、カイコマイクロアレイを用いて側枝形成予定領域で強く発現する遺伝子を網羅的に探索したところ、新たに17の転写因子、1つのモータータンパク質遺伝子を同定することに成功した。これらの遺伝子の発現パターンを昼行性の昆虫の触角と比較することで触角の形態の違いがどのように実現しているかが明らかになることが期待される。
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