本研究は、異なる水環境に生育するシャジクモを材料として、種分化研究ではいままでにほとんど研究されていなかった「水環境の差異」に着眼し、適応種分化の原因遺伝子の探索を実施する、いままでに類例をみない適応種分化の研究である。これまでの私の研究で、葉緑体DNA(rbcL遺伝子コード領域及びその近傍の遺伝子間領域)と核DNA(hsp90遺伝子領域全長、およびEF-1α遺伝子領域全長)を用いた配列解析によって、シャジクモ種内には異なる水環境に生育する2つの遺伝的に分化したグループが存在し、さらに葉緑体上の遺伝子が自然選択を受けて適応している可能性が示唆されている。今年度は、シャジクモに働く自然選択についてのより確かな証拠を得るために、以下のことを実施した。これまでに53サンプルについて解読が完了していた核DNA領域(hsp90:約3000bp、及びEF-1α:約2500bp)の塩基配列を78サンプルにまで増強した。また、これまで全長配列を用いていなかっrbcL遺伝子コード領域について、遺伝子全長を増幅するプライマーを設計し、78サンプル全ての全長配列を決定した。そして得られたデータを基に集団分化度合いの推定(Fst解析)、中立性の検定(Tajima's D検定)、コード領域にかかる自然選択の検出、系統解析を実施した。Fst解析でシャジクモの2つの生育環境間(浅い環境/深い環境)および生育していた地域間(西/東)の集団分化の度合いを推定した結果、葉緑体DNAおよび核DNAの両方で地域よりも生育環境によって遺伝的に分化していることが示され、シャジクモには生育環境への適応している集団が存在することが示された。各領域の中立性検定では、葉緑体DNAのみが進化的中立から有意にずれていることがこれまで同様に確認され、さらにコドンモデルを用いた自然選択の検出で葉緑体のrbcLコード領域において自然選択が検出された。そして系統解析の結果、葉緑体DNA解析で明らかになっている2つの集団間における遺伝子流動が、これまでよりも強く示された。以上のことから、シャジクモの2つの集団は各環境に適応しており、葉緑体DNAへの自然選択が生態的分化に関与していることを示した。また2つの集団は生態的種分化の初期段階であると考えられた。さらに、シャジクモにおいてはrbcLの配列そのものが水環境への適応の原因遺伝子のひとつである可能性が示すことができた。
|