ある特定の対象が「中国の国宝」と認識されていく過程および、それらが対外戦略の中で担ってきた役割を実証的に解明することを通じて、「文化」は近代国家の「正統性」の獲得にどのように関与しているのかを説明することを目指す本研究の事例として、本年度は主に「パンダ外交」に関する実証研究を進めた。2008年6月と2009年3月には台北へ、2008年7月には北京に赴き、資料収集を行った。その成果は、まず下記学会で報告した後、『アジア研究』誌に投稿し、査読の結果、修正を経たのち学術論文として掲載される見通しである。同論文は、1928年から1949年にかけて形成された「パンダの贈呈」という外交活動が、(1)自国領内の動物は自国によって保護、研究されなければならないという主権意識の高まり、(2)欧米社会において興隆しつつあった動物愛護思想という「文明国」の価値観への適応、(3)アメリカの中央政府だけではなく民間社会からも中国への同情を獲得しなければならなかった戦時外交下での需要、といった歴史の重層的な文脈の中から生まれてきたことを指摘した。実証的な新しさに加え、今日濫用されがちな「ソフト・パワー」という概念について、そのような「パワー」はどのような歴史的背景の下ではじめて効力を発揮するのかを示す事例研究としても重要であると考える。 また、外国語による研究成果発信の一環として、2007年に開催されたシンポジウムでの報告を基に執筆した下記の中国語論文が、台北の国立政治大学歴史学系による査読・加筆修正を経て、出版物としての選集に所収された。同論文は、台湾の国民党政権が1950年代から60年代前半にかけて展開した故宮博物院の文物を用いた対外文化宣伝活動に対し、大陸の共産覚政権は一見これを激しく非難しつつも、実は「故宮博物院の文物の適切な保護者こそが国際社会における正統中国国家である」という論理を国民党政権と共有していたことを明らかにした。
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