本研究は近代日本における保養地の形成史について考察するものである。本年度は、日本における海水浴場の嚆矢で、かつ明治期に別荘地化が進んだ大磯を事例に検討をすすめた。なかでも、東海道沿いの宿場町である旧大磯宿と、浜辺などに展開した初期別荘地域との空間的および社会的関係に注目して分析をおこなった。とくに近代保養地の問題を、伝統的空間および社会との関係、土地所有や権利にかかわる近代移行期の緒論点、さらに地方地域と近代的居住の意味などと一体に捉えるよう試みている。加えて、前年度に深めた近世温泉町の検討によって抽出した論点である、「八景」などの伝統的な空間把握ないし体験の構造と、近代保養地および別荘地形成との関係についても検討を深めた。以上により、別荘および別荘地のみを取り出してその平面・意匠や形成過程にかんする議論に終始しがちであった従来の研究動向に対し、方法と視角を深めることができたと考えている。本年度の成果については引き続き検討をすすめたうえで公表を予定する。なお温泉町にかんする前年度までの検討から派生した成果で、今年度刊行された査読付論考に「温泉場の『三業』空間-昭和初期熱海における料理屋・待合・置屋」(『年報都市史研究』17号、2010年)がある。芸娼妓業の空間と社会にかんする問題は、近代保養地の下地になっている宿場や港などの場所の特性と不可分であり、引き続き注目する。
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