本研究は、現代の沖縄社会において、近親者の死により執行される伝統的な死者儀礼「ミーサァ/ミーグソー」をめぐる「呪術的な知」の再生産とその変容について、文化人類学的な微視的調査から明らかにすることを目的としている。「ミーサア/ミーグソー」とは宗教的職能者「ユタ」が行なう霊媒(口寄せ)を伴う儀礼であるが、それは沖縄に暮らす人びとが「ユタ」の呪術的な実践を体験する一般的な機会となっている。その体験は、人びとのあいだでしばしば「物語り」化されて、「ユタ」の評判およびそこにみられる「呪術的な知」を周囲の人びとに流通・フィードバックする契機となっていることを明らかにした。それらの「呪術的な知」の再生産の構造を解明するには、沖縄で暮らす人びとが「ユタ」に関して公式的には一様に語る「ユタはトリックのある仕事だ」といった知識に反するような知、つまり、人びとが、合理的な説明は加えられないけれども事実として体験した不思議な「呪術的な知」を周囲の人びととのつながりの中でどのように受容し、またそれを流通させる際にいわば共同作業としてどのように変容させているのかという点に注目することが重要となる。 平成20年度は、2008年7月1日から8月5日、9月14日から12月1日にかけて沖縄本島での現地滞在調査を行なった。具体的には、沖縄本島南部在住の「ユタ」Aさん(70代)が行なうクライアントとの相談の場に定期的に同席させてもらい、明らかにされる災因に基づいて行なわれる「オガミ」と呼ばれる各地での祈りにも同行して参与観察した。また、Aさんのクライアントに対してインタヴューを行ない、その「呪術的な知」が日々の暮らしの中で受容されているさまを考察した。また、霊媒で有名な沖縄本島中部在住の「ユタ」平良カツさん(当時100歳)に対してもインタヴューをし、彼女の80年間近い「ユタ」としての評価の多くが、「ミーサァ/ミーグソー」という実践に伴って再生産されていることも明らかにした。
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