今年度は、1920-30年代日本の文学・思想をめぐるメディア環境を個別に精査する作業を進めた。具体的には、以下の5系統の学術論文を執筆した。 1.論文「大宅壮一と小林秀雄」では、小林秀雄に一元的に収斂されがちな批評史記述の更新を図るべく、小林と対象的な批評認識を持っていた大宅壮一を導入し、両者を突きあわせることで、1920年代後半に胚胎していた複数的な批評系譜の可能性を復元した。 2.論文「論壇とリテラシー」、および論文「「論壇時評」の誕生」では、ジャーナリズム空間が一定の成熟を見せる指標となった「論壇時評」についての考察を行った。前者では読者の受容面に焦点を当てるとともに資料的整理を行い、後者ではその理論的解明を行った。あわせて、論壇ジャーナリズムにおける講壇批評家の位置も明らかにした。 3.論文「固有名消費とメディア論的政治」では、「座談会」記事の成熟期である1930年代中盤に焦点を据え、思想家・文学者の固有名が商品として積極的に消費される空間が演出されたことを解明した。文芸復興期の概説としても、多領域の交錯関係を捉え直し従来にないタイプのものに仕上げた。 4.論文「雑誌『経済往来』の履歴」では、戦前期の四大総合雑誌のうち後発誌である『日本評論』の前身『経済往来』に焦点を当て、<総合雑誌>モデルの分析を行った。誌面構成と編集体制の変化を資料的に明らかにし、雑誌間の影響関係を梃子として言論モードの変遷を辿るための分析枠組を提示した。 5.論文「詩人のイロニー/批評家のイロニー」、および論文「複製装置としての「東亜協同体」論」では、日中戦争期の知識人の迎接態度をテクスト連関から炙り出した。前者では文学的言説から、後者では哲学的言説から、それぞれ戦時期の社会思想を逆照射することによって、当該期の思想空間の立体的な構造把握を試みた。複数の固有名の連鎖関係を重視し、従来の思想史記述を相対化するべくつとめた。
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