これまでの研究で、記憶の変異系統を用いた実験から、ショウジョウバエの採餌行動においては長期間にわたる記憶の保持が採餌効率を必ずしも高めないことが示唆された。これは、記憶の変異系統であっても野生系統であってもLevy walkという確率過程に従って行動をしているという解析結果から支持されたことである。これらの結果は、記憶・学習が適応的な行動の生成に与える影響が小さいということを意味する。 本年度は、運動における記憶の効果をより詳細に調べるために、自律運動を行う油滴の運動について解析を行った。自律運動を行う油滴は、単純な履歴情報を用いて運動するシンプルな系であり、運動における記憶の効果を調べるのに適している。まず、位相差顕微鏡を用いた観察により、油滴内部で起こる対流の様子を記録、分析し、運動メカニズムにつての仮説を構築した。次にこの仮説に対し、流体力学シミュレーションによる裏付けを行った。その結果、油滴内部の至る所で小さな対流が生じ、それらが対称性を自発的に破り、自己組織化し、マクロな運動が生成されることが示唆された。この油滴のマクロな運動を記録し、解析したところ、ショウジョウバエ同様Levy walkに従うことが示唆された。この結果は、その生成に複雑な記憶情報が求められると推測されるLevy walkが、単純な記憶のみで生成可能であることを示唆する。 また本年は、ショウジョウバエや油滴を追跡し、解析するシステムにさらなる改良を加え、複数オブジェクトの同時追跡の精度を高めることに成功した。本成果は、主に動物行動を調べている複数の研究者から利用したいという申し出を受けるなど、高く評価できるものである。
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