史料整理に注力した前2年度の成果に立脚し、今年度は、近世決疑論における藝術の位置づけについて、総括的な考察をおこなうことを主眼とした。その内容と意義は以下のごとくまとめられる。 (1)藝術に対する寛解主義と厳格主義の対立は、一義的には道徳上の対立である。だが、この対立は、美学的な見地からするならば、作品を非実効的であるがゆえに安全とみなす「弱い」藝術観と、実効的であるがゆえに危険とみなす「強い」藝術観の対立として翻案される。 (2)とりわけ前者、換言するなら藝術を形式主義的な相のもとで理解する態度について、思想史の通念は、それをもっぱら18世紀以降に成立したものとみなしてきたが、16-17世紀に全盛期を仰えた決疑論について精査することで、西洋における藝術観の変遷をめぐる時間的な見取りを再検討する必要を明らかにした。また、一般的には、上記の対立は、理念的には作品の間然することなき理解を前提する検閲という営為の逆説について再考をうながすと同時に、翻っては、表現の自由、さらには思想の自由が抱える消極性について一定の光を投げかけることにもなった。 (3)また、本研究は、決疑論が依拠した法学的コーパス(主として教会法の領域)をつうじて、藝術の問題を法制史の文脈に位置づける道筋を実証的に示すとともに、中世に成立した法文書群の近世における持続的な効果を裏づけた点でも意義を有している。 前2年の成果と併せ、以上の内容を、学会発表2点をつうじて公表した。
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