研究分担者 |
CHRISTIAN Pe フランス国立科学研究センター, 上級研究員
JURGEN Heinz エルランゲン, ニュールンベルク大学・動物学第1講座, 教授
BERT Holldob ビュルツブルク大学, テオドルボフェリ生物学研究センター, 教授
山内 克典 岐阜大学, 教育学部, 教授 (30021322)
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研究概要 |
近年の進化理論によれば,一見高度に調和のとれたアリのコロニー内にも様々な適応上の利害対立が生じ得ることが予測されている。実際,アリの巣の中では,共食いや攻撃的な順位行動のような非調和的な活動も普遍的に見られることが,最近の研究で続々と明らかになりつつある。我々は本共同研究において,餌へ仲間を導く道標フェロモンのように共同的側面で個体間情報伝達が行われているのと同様に,対立的な局面でも様々なコミュニケーション機構が使われているのではないかとの見地に立ち,その機構の総合的(単に物質的基盤だけでなく,なぜそれが進化したのかそのメカニズムの解明も目指すという意味で)解明を目指した。主に熱帯・亜熱帯アジア産のアリ類を用いて,様々な研究を展開したが,本年度の顕著な発見としては,熱帯産のハリアリの数種で,繁殖に関する地位(繁殖者いわゆる女王か,非繁殖者すなわちワーカーであるか)を巣の仲間に伝える情報が皮膚表面に存在することが明らかになったことでろう。これは,難揮発生の単純な炭化水素で,種によって構造は全く異なっている。これまでアリはミツバチのような女王物質(ワーカーの利己的行動を抑制するフェロモン)は同定されていなかったが,詳しい比較研究と理論的考察から,繁殖者に特異的な炭化水素は,女王の存在をワーカーに知らせる正直な信号であり,以前考えられていたようにワーカーをコントロールする武器ではないことが強く示唆された。また,同じ情報伝達系が順位行動や差別食卵にも使われている可能性も示されている。また,沖縄産とインドネシア産のハリアリの仲間で,ワーカーが自らの繁殖の機会を奪う自己犠牲的なフェロモンを胸部の付属肢から分泌していることが判明した。化学分析は現在進行中であるが,機能に関しては理論的検討を行い,一見自虐的に見えるようなフェロモンの発達も,包括適応度を向上のためには望ましい女王の健康状態やポリシング能力を探るための手段であり,フェロモンは正直なシグナルである可能性が考えられた。今後,これらの化学情報が「何を」伝えるシグナルなのかが焦点となるであろう。我々の理論的考察からは,女王が生存力や余命あるいはポリシング能力を巣の仲間に伝える正直なシグナルが進化する可能性が推察されたが,これらの進化理論の予測と情報伝達系実際のすり合せが今後の課題である。
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