アバクチ洞穴遺跡出土人骨は東北地方において初めての保存状態良好な弥生時代幼児人骨である。我々は、日本列島の人類史を解明する重要な手がかりになると思われるこの人骨の人類学的位置付けを早急に行わなければならないと判断し研究を着手した。弥生時代の日本列島には縄文人的な特徴を持つ人骨とアジア大陸からの渡来系の要素が強いとされる人骨の2系統が少なくとも存在していたことがこれまでの研究で判明している。研究分担者の鈴木の歯冠計測値による予備的な分析では、この人骨が渡来系弥生人に近いことが示された。これを踏まえて、その他の特徴においてもこの人骨に渡来系弥生人的な形質が認められるかどうかに主眼を置き、詳細な計測値および非計測的形質の記録を頭蓋骨、乳歯について行なった。また札幌医科大学、東北歴史資料館、東京大学、国立科学博物館、国立歴史民俗博物館、及び京都大学で比較対象となる縄文・弥生時代幼児人骨の計測、X線規格写真撮影等を行い、比較資料を収集した。その結果、眼窩ならびに鼻根部の形態および乳歯の非計測的な形質の一部に弥生人的な要素がみられることを確認し、弥生時代中期に、既に東北地方に縄文人以外の形質を持つ人々が流入していた可能性が示唆された。昨年11月に筑波大学で開催された第51回日本人類学会大会で、これまでの研究結果を「岩手県アバクチ洞穴遺跡出土弥生時代幼児人骨の形態学的検討」として発表した。来年度は縄文人と弥生人とでは四肢骨のプロポーションが違うとされていることから、アバクチ幼児人骨の四肢骨の計測を行ない、どの様な四肢のプロポーションを示したのかを明らかにする。また、顎骨内から摘出された形成途上の永久歯に関して、既知の縄文・弥生人の同様の幼若永久歯を用い、咬耗が進行した成人人骨の永久歯とは異なる視点からの比較を試みる。最終的に2年間で得られたデータの更なる統計学的検討を行う。
|