低線量の放射線が生体の本来もっている防護機構を活性化し、その後に高線量放射線を受けた時の障害の程度を軽減化する可能性が多くの生物指標について報告され、適応応答と呼ばれている。この適応応答の有無は環境汚染物質等のリスクを評価する上で新しい問題を提起しており、その実体解明が必要である。本研究では、培養細胞を用いて見出されている放射線誘発突然変異における適応応答現象が、はたして個体内でも見出されるかどうかについてトランスジェニックマウスを用いて解析した。突然変異の標的として用いるlacZ遺伝子がプラスミドとして回収できる形で導入されているIngenoマウスを用い、脾臓のDNAについて5cGyのX線前照射が、その後の50Gyによる突然変異誘発にどのような影響を与えるかを調べた。前照射の時期は50Gyの6時間、1週間、2週間前とし、50Gy照射後は3.5日目にマウスを殺してDNAを解析した。突然変異の検出にはDNAをPstIで切って回収すると小さな突然変異が、またHindIIIで切って回収すると大きな欠失型の変異を含めた形での突然変異が検出できる。従ってこの両方の制限酵素を用いて調べた。その結果、まず大きな欠失を含めた変異をHindIIIを用いて調べた所、5cGy前照射の影響はほとんどみられなかった。これはどの前照射時期のものも同じであった。次に小さな変異だけを検出するようにPstIを用いて調べた所、50Gyだけの照射での突然変異誘発は約3倍であったのに対し、これに5cGyを前照射したものでは約5倍の誘発がみられた。この結果は前照射の時期には余り左右されなかった。これらの結果は培養細胞での結果とは一致していない。個体内では適応応答が働かないか、あるいは逆に働く可能性を示唆している。今後さらに詳細な解析が必要である。
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