われわれは先に、ウイルス由来の癌遺伝子v-H-Ras遺伝子がコードする116番目のアミノ酸をアスパラギンからチロシンに置換させた人工変異体N116Yが、ヒトの様々な癌の試験管内あるいはヌードマウスにおける増殖の抑制やアポトーシスの誘導をひきおこすことを証明してきた.本研究では、アデノウイルスベクターを用い、Ras抑制変異体遺伝子N116Yを予後不良な消化器癌の一つであるヒト食道癌の細胞株に遺伝子導入して、in vitroでの増殖抑制効果とそのメカニズムを検討すると共に、in vivoにおけるN116Yの治療効果を検討し、以下の成績を得た. 1.Ras抑制変異体遺伝子N116Yを組み込んだアデノウイルスペクターAdCMV-N116Yを感染させたヌードマウス可移植性ヒト食道癌細胞株TE8、SGF3、SGF7では、N116Y mRNAの発現が認められ、in vitroでの増殖がコントロールの10-20%に抑制された.また、TE8、SGF7では軟寒天倍地内コロニー形成率も有意に低下していた. 2.AdCMV-N116Y感染TE8細胞では、細胞周期G1の蓄積がみられ、またAdCMV-N116Y感染TE8、SGF3、SGF7では、コントロール細胞でみられるEGF刺激後のMAPキナーゼカスケードでのErk2のリン酸化型(pp42)が認められなかった. 3.ヌードマウスに移植したTE8やSGF3に対し、AdCMV-N116Yを直接投与したところ腫瘍増殖抑制効果が観察された. 以上により、アデノウイルスベクターN116Yが食道癌手術後の遺伝子治療に用いられる可能性が示された.
|