大腸菌には3種のNa^+/H^+ antiporter、NhaA、NhaB、ChaAが知られており、その生理機能も多様であるとされてきた。即ち、(1)細胞内Na^+濃度調節、(2)細胞内pH調節、(3)Na^+に共役した輸送系の駆動、(4)エネルギーの貯蓄、等の機能が提唱されてきた。われわれは大腸菌のNa^+/H^+ antiporter は、細胞内Na^+濃度調節がその主たる生理機能であることを明かにした。では、なぜ細胞内のNa^+の濃度調節のためだけに他種類のNa^+/H^+ antiporter が必要なのか?われわれはこの点を明らかにする目的で以下の研究を行った。 まず、3種のNa^+/H^+ antiporter の一つだけを持つ変異株を作成した。得られた変異株のNa^+排出活性と、生育のNa^+に対する耐性を各pHで調べた結果、(1)NhaBのみ持つ変異株は、pH8以下でのみNa^+排出活性が見られ、生育のNa^+に対する耐性もpH8以下で観察された。(2)ChaAのみ持つ変異株のNa^+排出活性はpH8以上で高く、pH6.5ではNa^+排出はまったく見られなかった。(3)これまで、アルカリ性においてのみ誘導されるとされてきたNhaAがpH6〜9の広範囲においてNa^+により誘導されることが示された。(4)ChaAはpH8以上のアルカリ性でNa^+により誘導されるが、NhaBの発現は培地のNa^+濃度やpHにほとんど影響されなかった。 以上の結果より、pH8以上のアルカリ性ではChaA が、pH8以下ではNhaBが働き細胞内Na^+濃度を低く保っている。そして、細胞外のNa^+濃度が非常に高くなり、これらの輸送系では細胞内Na^+濃度を低く保てなくなると、NhaAが誘導され、NhaBもしくはChaAと共同して細胞内のNa^+を排出し、細胞内Na^+濃度を低く保っていることがわかった。このように、大腸菌は外部のpHおよびNa^+濃度によって、3種のNa^+/H^+ antiporterを使い分けており、その環境で最も効率のよい輸送系を使っていることがわかった。
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