シナプスの可塑性には神経伝達の効率制御の問題とシナプスの形態変化および組み替えの問題が存在する。このシナプスの形態変化を調節する機構は未だ明瞭ではないが、神経活動およびそれに伴う神経栄養因子の放出などがシナプス形成に影響を及ぼすことが報告されている。これらの外的シグナルを受けた細胞内の応答機構も不明だが、その有力な機構のひとつがRho類似GTPaseカスケードである。Rho類似GTPaseはアクチン細胞骨格系の制御を通して細胞の形態、接着、運動を調節していることが近年明らかになり、これらの現象を伴うシナプス形成と形態変化もRho類似GTPaseによって制御される可能性が高い。 われわれは機能的な神経回路の形成機構を解明する目的で活動性の低下したショウジョウバエ変異株を解析することによりstill life(sif)遺伝子を同定した。sif遺伝子は複数のドメイン構造を持つRho類似GTPase活性化因子をコードしている。変異SIFタンパク質を強制発現すると軸索伸長やシナプス形成を阻害し、ヒトの培養細胞ではアクチン細胞骨格系を調節して細胞の形態を変化させる。さらにSIFタンパク質はシナプス末端内の細胞膜近傍に特異的に存在する。以上のことからSIFタンパク質はRho類似GTPaseの活性化によるアクチン細胞骨格系の制御を通したシナプス分化の調節をしていることが示唆された。また、レーザー顕微鏡および電子顕微鏡を用いて神経・筋接合部におけるSIFタンパク質の局在を調べて見ると、神経伝達のアクティブゾーンの周縁部に局在することがわかった。生体内および試験管内の実験によりSIFタンパク質の基質がRho類似GTPaseのひとつであるRac1であることがわかった。マウスにおいてもSIFと類似したタンパク質を同定することに成功し、その解析を続けている。
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