研究概要 |
蛋白質の立体構造の構築原理を理解する上で、分子のコンパクトさとゆらぎは重要な物理量であるにもかかわらず、その実験的データは非常に少ない。本研究では、蛋白質の断熱圧縮率とX線結晶構造(キャビティー・温度因子)に及ぼす部位特異的アミノ酸置換の影響を系統的に調べ、局所構造が分子全体の構造のコンパクトさやゆらぎとどのようにカップリングしているかを検討した。大腸菌ジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)をモデル蛋白質として、遺伝子組み換えにより3つのフレキシブルループの中心に位置するGly67,Gly121,Ala145を種々のアミノ酸に置換し水中での部分比容vと断熱圧縮率βを決定した。その結果、1アミノ酸置換によりvとβは大きく影響を受け、アミノ酸置換の影響が局所的なループ領域の変異に留まらず、分子全体の構造のゆらぎに影響を及ぼしていることが示唆された。そこで、これらの変異体の一つ(G67V)を結晶化し、X線構造解析を2.4Å分解能で行った。その結果、67位のGlyをValに置換することにより、近傍に位置するTrp74の側鎖が分子表面に追い出され、67位のループの温度因子が減少するだけでなく、130位付近のループの温度因子も大きく減少し、アミノ酸置換の影響が長距離まで及んでいることが明らかとなった。また、分子内キャビティーの数も体積も野生型に比べて減少しており、変異により分子内の原子の充填密度が増すことがわかった。これらの結果はG67Vの圧縮率が野生型より小さいことと一致しており、キャビティーがゆらぎに直接関与していること、またDHFRの構造のゆらぎにフレキシブルループが重要を役割を演じていることを示している。このように、アミノ酸置換、圧縮率データ、X線構造解析を組み合わせることにより、蛋白質構造のゆらぎの発現機構が解明できる可能性が示された。
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