本研究は雌ずいに特異的に存在するタンパク質を二次元電気泳動などの方法で同定し、アミノ酸配列分析と遺伝子の単離を通じてその構造と受粉・受精過程における役割を明らかにしていくことを目的とする。 ナシの雌ずいには分子量約32kDaの弱酸性の糖タンパク質が大量に蓄積していた。このタンパク質は雌ずい特異的に蓄積しており、葯や花弁、がくなどの花器官や葉には存在せず、雌ずいの成熟に伴って蓄積量が増加することが判った。N末端アミノ酸配列に対応する縮重プライマーを用いた3′RACE法によってcDNA断片を増幅した。得られたcDNA断片をプローブとしてライブラリーをスクリーニングし、完全長cDNAクローンを得た。推定アミノ酸配列の相同性検索より、このタンパク質は感染関連タンパク質(pathogenesis-related protein)の一種であるthaumatin様タンパク質であることが明らかになり、PsTL1(Pyrus serotina thaumatin-like protein 1)と名付けた。ゲノミックサザンブロット分析の結果、PsTL1は単一コピー遺伝子である可能性が示された。 PsTL1を含むthaumatin横タンパク質のアミノ酸配列を比較したところ、PsTL1は同じバラ科であるオウトウの果実に多量に蓄積してるCHTLと最もアミノ酸配列が類似していることが判った。また、thaumatin様タンパク質の系統樹の中では、PsTL1はCHTLや、キナーゼドメインをもつthaumatin様タンパク質であるシロイヌナズナのPR5Kなどと共に、他の多くの感染誘導性のthaumatin様タンパク質とは異なるクラスターに分類された。 ナシと近縁で同じナシ亜科に属するリンゴ(Malus domestica)の雌ずいcDNAライブラリーをPsTL1 cDNAでスクリーニングしたところ、PsTL1のホモログ(MdTL)がクローニングされた。MdTLとPsTL1の推定アミノ酸配列の相同性は96.7%であった。しかし、RT-PCRによってPsTL1のホモログのDNA断片の増幅を試みたところ、ナシ・リンゴの雌ずいRNAからは予想されるサイズの断片が増幅したのに対し、バラ科のなかでもサクラ亜科に属するオウトウ(Prunus avium)の雌ずいRNAからはcDNA断片の増幅はみられなかった。
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