本研究では、昆虫の脱皮・変態の制御において中心的役割を果たす前胸腺刺激ホルモン(PTTH)のアミノ酸配列における種間変異と各PTTHの活性の種特異性の関係を明らかにするために、昆虫に特有な翻訳後修飾が可能なバキュロウイルス遺伝子発現ベクターを用いて天然型及び変異型PTTHを発現させ、昆虫生体における各PTTHの活性を比較検討し、以下の知見を得た。 1.Ecdysteroid UDP-glucosyltransferase(egt)遺伝子を欠失させたカイコ核多角体病ウイルス(BmNPV(egt-))に、カイコPTTH(BmPTTH)、タバコスズメガPTTH(ManducaPTTH)及びそれらのキメラ分子cDNAを導入し、ポリヘドリンプロモーターにより過剰分泌発現する4種類の組換えBmNPVを作製した。そして、各組換えウイルスを4齢脱皮直後及び5齢脱皮後2日目のカイコ幼虫に感染させた結果、ManducaPTTHのN末端50残基とBmPTTHのC末端61残基を結合させたキメラ分子(MaBoPTTH)発現ウイルスとBmPTTH発現ウイルス感染幼虫においてのみ体液エクジステロイド量の増加時期が、非感染あるいはBmNPV(egt-)感染幼虫よりも早まり、その結果、脱皮期及び吐糸期の開始もそれぞれ早まった。以上の結果から、PTTHの種特異性を決定する領域が分子のC末端側半分に局在している可能性が示唆された。 2.カイコ以外での実験系を確立し、種特異性決定領域の普遍性を検討するするために、エリサン幼虫へのサクサン核多角体病ウイルス(AnpeNPV)の感染性を調査した結果、エリサンがAnpeNPVに対して感受性であることが判明したでの、エリサンPTTH(SamiaPTTH)、BmPTTH及びそれらのキメラ分子を発現する組換えAnpeNPVの作製を開始した。また、アメリカシロヒトリ核多角体病ウイルス(HycuNPV)のegt遺伝子を欠失させるために、ウイルスゲノムの解析を行い、egt遺伝子の全塩基配列を決定することに成功した。
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