研究概要 |
本研究は,動物が感覚刺激に対して数百ミリ秒で適切な行動を生起できるようになる神経情報処理機構の解明を目的としている.これまでの研究で,この高速神経情報処理の機構として細胞の発火潜時の差による競争機構の仮説を提唱し,この仮説のもとでサル側頭葉の細胞応答が定量的に説明できることを示した.本年度は,この機構が他の生理学データから導かれる諸条件の下で適切に働きうるかを調べた.すなわち,刺激に対する1次視覚野細胞の応答潜時には刺激の明るさにより最大30ミリ秒の差がある.また,上側頭溝細胞の視覚刺激に対する応答潜時は聴覚刺激に対するそれよりも約100ミリ秒長い.それにもかかわらず神経系は複数の明るさの異なる視覚刺激や視覚刺激と聴覚刺激を総合して数百ミリ秒の内に適切な行動を生起できる.一方,我々の仮定する機構は細胞の発火潜時の差という数ミリ秒の時間差を利用した情報処理機構である.この機構が上記のような複数の原因による応答潜時の差の下で適切に働きうるのかを神経回路モデル上で調べた.まず,1次視覚野の神経回路モデルを構成し,それに30ミリ秒の応答潜時の広がりをもつ興奮入力を入れて上記機構の働きを調べた.次に2経路(視覚路と聴覚路)の投射するSTP野の回路モデルを構成し上記の100ミリ秒の潜時差をもつ興奮入力を入れて上記機構の働きを調べた.次に、2経路(視覚路と聴覚路)の投射するSTP野の回路モデルを構成し上記の100ミリ秒の潜時差をもつ興奮入力を入れて回路挙動を解析した.その結果,本機構は刺激入力の潜時にばらつきがあってもすべての入力が揃った後は直ちに適切な応答を出すことが本モデル上で示された.これから,本機構が脳内の神経系でも適切に働きうることが示差された.
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