我々は生物分子モーターを物理的な視点から理解することを課題とした。今年度1年間は、基礎的事実の集約と、生物における物理的アプローチの自分なりの整備に終始した。他方、その1つの中心概念である、揺ぐ系での熱力学的過程の方法論はほぼ順調に進んだといえる。以下では、後者の成果について概要をのべる。来年度は3次構造の実際と比較検討しながらモータータンパク質各種の個性と通性を議論してゆきたい。 タンパク分子の議論をするには、まず、その尺度の世界の特徴づけが必要である。結論的にいうと、量子論からみればマクロで、熱力学からみればミクロである。タンパクの熱揺ぎは観測事実であり、熱力学や、統計平均はこの尺度の理解には粗過ぎで、1分子の1回の変化を熱揺動力の中で議論する必要がある。そこで揺ぐ系での熱力学的過程の方法論を導入した。Langevin方程式で、環境とのエネルギーのやりとりも扱えること[K.Sekimoto(1996)]、その平均によって熱力学も再現することを示した[K.Sekimoto and S.Sasa(1996)]。これにより、Huxley57や最近のラチェットモデルについて化学反応との暗黙の対応に頼らない、モデル自体のエネルギー収支論を議論できるようになった。 副産物としてファインマンのラチェットは原著教科書にあるようなCarnot的効率から遠く隔たることを、その懸隔がどのような誤解に基づいていたかの分析と共に示し、その誤解の持つ重要な意義について言及した。また、粒子の出入りする系も、Hill(1989)の方法と1950年代のLebowitzらの研究を結合させることにより示せた(未発表)。
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