研究概要 |
氷床コアは、降雪やドライフォールアウトによって大気中から除去された化学成分を保存していることから、大気を通した物質の輸送過程及び変質を解明する上で重要である。本研究では、グリーンランド(Site-J)で採取した氷床コア中に生物起源の脂肪酸を検索し、陸上高等植物の寄与及び海洋生物の寄与を評価することを目的とした。本研究で用いた氷床コア試料(長さ206m、約450年)は、1989年5-6月にグリーンランド(Site-J,66°51.9′N,46°15.9′W,標高2030m)にて採取した。試料は融解後、6M塩酸で酸性(pH=1)にし塩化メチレン/酢酸エチル(2:1)で抽出した。抽出物より中性成分を除いた後、酸性成分(カルボン酸)を分離し、メチルエステルに誘導体化した。更に、シリガゲルカラムクロマトグラフィーを用いて脂肪酸メチルエステル画分を分離した。エステルの測定には、オンカラムインジェクター付キャピラリーGC及びGC一質量分析計を用いた。 氷床試料中に炭素数7から32の脂肪酸を検出した。脂肪酸の分布は、偶数炭素数の優位性を示し、生物起源であることを意味している。低分子脂肪酸(C12-C18)と共に高分子脂肪酸(C20-C32)が検出されたが、前者は主に海洋生物起源、後者は、陸上高等植物起源である。C16,C18などの不飽和脂肪酸が高い濃度で存在したことは、生物中での脂肪酸組成により近いことを示しており、大気中での不飽和脂肪酸の分解は、それほど進行していないことを示唆した。また奇数炭素数の脂肪酸では、分枝のものが直鎖と同程度存在した。これら脂肪酸の全濃度は3-19μg/Lであった。海洋生物起源の脂肪酸の濃度は、1930-1950年代に高く1970年代にいったん減少した後、1980年代に増加することがわかった。濃度増加が認められた時代は、温暖な時期に相当しており、この時期には海氷の後退と低気圧活動の活発化によって海水表面からの大気への物質輸送が強化されたものと考えられる。
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