研究概要 |
降雪は、大気中から除去された化学成分を保持していることから、それらの分析をとおして、大気物質の輸送過程及び変質など地球表層で起こっている地球化学的諸過程を解明することができる。また、氷床コアは大気環境の変化に関する歴史的な情報を記録していることから、自然環境の変遷を解明するための有力な試料として近年その重要性が認識されている。本研究では、グリーンランドで採取した氷床コア中に水溶性有機物を検索し、その深度分布から海洋起源の有機物の大気への輸送を明らかにし、その光化学反応生成物の解析から大気の酸化能力の変化について検討することを目的とした。本研究で用いた氷床コア試料(長さ206m、約450年)は、1989年5-6月にグリーンランド(Site-J,66°51.9'N,46°15.9'W,標高2030m)にて採取した。試料は融解した後、ロータリーエバポレーターにて濃縮しその中に含まれるカルボン酸をブチルエステルに誘導体化した。エステル類をヘキサンで抽出したのち、キャピラリーガスクロマトグラフ(GC)及びGC/質量分析計を用いて化合物の測定をおこなった。 氷床試料中にシュウ酸(炭素数2のジカルボン酸)から炭素数11までのジカルボン酸を検出した。ジカルボン酸の炭素数分布の特徴は、コハク酸(C4)がほとんどの試料で優位を示したことであったが、深度分布の特徴は、19世紀以前は優位でなかったアゼライン酸(C9)が20世紀になって急激な濃度増加を示し、1940年代に大きなピークを示すことである。アゼライン酸は生物起源の不飽和脂肪酸の光化学反応によって選択的に生成される有機物であることから、この結果は、海洋生物由来の有機物の大気への寄与がこの時期に大きく増加したこと、また、それらが大気中で光化学的に酸化されたことを意味する。不飽和脂肪酸もこの時期に増加したが、アゼライン酸の増加はその傾向よりもはるかに強いものであった。このことから、1940年代の大気の酸化能力は増加したものと考えられる。1940年代のアゼライン酸の増加は、北極の気温が上昇した事実と一致しており、海洋と大気の物質の循環が強化されたものと考えられる。また、アゼライン酸を気象記録が存在しない時代の大気環境を復元するための指標として使える可能性が指摘された。
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