研究概要 |
ヒッタイト語粘土板資料のなかでも、言語学的観点からみてもっとも重要なヒッタイト法律文書に対して、体系的な歴史言語学的分析を施すことが本研究の目的である。本年度は、断片も含めて約60枚の粘土板に記録されている法律文書をアルファベットに転写するという作業を進めた。また、この作業と並行して、動詞形態論における未解決な問題のひとつである、-zi(zがシングル)と-zzi(zがダブル)という2つの3人称単数現在形の動詞語尾の関係を実証的に明らかにしようとした。その結果、a-語幹動詞とu-語幹動詞に関しては、古期ヒッタイトのオリジナルのテキストでは、-zziが一般に用いられているのに対して、後の時代におけるコピーにおいては、-zziではなく-ziが好まれる傾向があることが分かった。これは、つぎに示された例からも支持される。以下の例で矢印(→)の左の形式は古期ヒッタイトのオリジナル、右は後の時期に写し直された、テキストの同一箇所にある形式である。ar-nu-uz-zi KBo VI2I2 → ar-nu-zi KBo VI3I9、ar-nu-uz-zi KBo VI2I38 → ar-nu-zi KBo VI3I47、par-ku-nu-uz-zi KBo VI 2 III 33=par-ku-nu-uz-zi KUB XXIX 16 III 7 → Par-ku-nu-zi KBo VI 3 III 37=par-ku-nu-zi KUB XXIX 17,4、par-ku-nu-uz-zi KBo VI 2 III 35=par-ku-nu-uz-zi KUB XXIX 16 III 9 → par-ku-nu-zi KBo VI 3 III 40、par-ku-nu-uz-zi KUB XXIX 16 III 12 → par-ku-nu-zi KBo VI 3 III 43。azとuzという文字は画数が多いために、書記がそれらを省略したと考えられる。したがって、このいわゆる簡略綴りは後の時期を代表する特徴であることが分かる。
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