走査トンネル顕微鏡(STM)を用いて表面内部をナノ・スケールの空間分解能で調べることのできる手段として弾道電子放射顕微鏡(BEEM)がある。本年度はこのBEEMについて理論的な研究を行った。おもな研究成果は、(1)BEEMにおける空間分解能を決める要因を明らかにしたこと、および(2)この系で期待される新たな量子効果を理論的に予言したことである。BEEMが通常のSTMと大きく違う点は、3端子測定であること、および、ほとんどのトンネル電流は試料内部を表面平行方向に流れることである。そこで本研究では表面平行方向に流れる電流を議論するために、通常のSTMとは異なる配置・境界条件でトンネル電流分布および透過確率の計算を行った。その結果、金属層の厚さが20Å程度の薄膜の場合には真空バリアとショットキー・バリアによる多重反射により、トンネル電流分布は複雑なものになるが、厚さが50Å程度になると、反射の影響は少なくなり、通常のSTM系のトンネル電流分布とほとんど同じになることがわかった。また、金属薄膜内の電子ビームの放射角はフェルミ波数とトンネル領域のミクロな構造で決まる量の積で表されることがわかった。さらに、透過確率は金属層の厚さの関数として振動するが、特に振動のピークでは透過確率は通常のSTM系の透過確率より大きくなることがわかった。これは真空バリアとショットキー・バリアの2重バリアによる一種の共鳴透過現象と考えられるが、通常の一次元の共鳴透過とは異なり、電子は2番目のバリアを越えずに量子井戸の中を横方向に伝播して行くことから、横方向の共鳴透過と言うことができる。
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