走査トンネル顕微鏡(STM)で表面内部どのくらいまでの情報を得ることができるかを明らかにしておくことは、STMを用いて表面の内部を研究する際に重要である。それは、STM探針から試料表面へ注入された電子がどのくらいの距離コヒーレンスを保つかに依存する。このコヒーレンスを失わせる要因としては、多次元性、ランダムな不純物、非弾性散乱等があるが、本研究では非弾性散乱の効果について理論的に研究した。 計算に用いたのはNessとFisherによる方法である。この方法はButtiker-Landauerの方法を、非弾性散乱を含む場合に拡張したものであり、ハミルトニアンはエルミートで、ユニタリ性を保つ。また、摂動を用いていないので、非弾性散乱が強い場合にも有効である。 この方法を用いてSTM系の透過確率・平均自由行程・非弾性散乱された電子の分布を計算した。その結果、試料と電極との界面により、系の透過率すなわち伝導率は一般に界面の深さの関数として振動するが、非弾性散乱を考慮した場合には、界面が無いものとして計算した伝導率の値に近づくことが分かった。これは、一種の平均化効果のためである。また、電子の平均自由行程は、散乱が弱い場合には、散逸を伴うトンネル効果の議論であらわれるスペクトル密度に良く似た関数で決まることが分かった。これは非弾性散乱の効果を入射電子に対する多自由度系の環境と見なすことができることを意味する。さらに、非弾性散乱のエネルギー・スペクトルを連続極限にすると必然的に、摂動が破綻することが分かった。
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