我々が開発した過渡的ホールバーニング法の時間分解能をナノ秒領域にまで拡げるために、色素溶液にナノ秒のレーザー光パルスをあてて、それから放出される蛍光をプローブ光として用いる方法を試み、これが非常にうまく行くことを明らかにした。そこでこれを用いて、亜鉛置換ミオグロビンおよび、グリセロールやその水、プロピレン、ジメチルフォルムアミドなどとの混合物中のメルブロミン色素を対象に、10ns-10msの広い時間領域にわたって150-300Kの温度領域で実験を行い、基底状態における構造揺らぎについて調べた。その結果、いずれの場合にもホールの重心の時間変化は拡張指数関数で表されると、そこで求められる揺らぎの相関時間はVogel-Fulcher則によくのること、蛋白質では色素溶液に比べて時間変化の指数関数からのずれが大きく、揺らぎの時間スケールは温度依存性がずっと少ないことなどが分かった。現在この結果を階層的に束縛された動的過程のモデルで解析中である。さらに、同じ溶媒中の亜鉛置換ミオグロビンとメルブロミンの振る舞いの比較から、ミオグロビンのガラス転移が溶媒の揺らぎによって支配されていることもわかった。また、この過渡的ホールバーニングの方法に偏光依存性の測定を組み合わせることにより、不均一広がりの中に埋もれているQxおよびQy吸収バンドのスペクトルを抽出できることを明らかにし、これを亜鉛置換したミオグロビンとチトクロムcに適用して、二つのバンドのスペクトルを決定した。その結果、二つのバンドの強度が前者では大きく異なるのに対して前者ではほぼ等しく、バンド間のエネルギー差も前者の方がずっと大きいことがわかった。このことから、蛋白質中のポルフィリンは、ミオグロビンの方がチトクロムcに比べてずっと大きな局所的な配位子場を感じていることが結論される。
|