本研究では、研究代表者がこれまでの研究において修得した極低温マトリックス分離技術と実験結果を基礎にして、今までこの手法の対象とならなかった有機化合物用いることによってこの手法の適用範囲の拡大を図り、さらに今まで重要視されていなかった反応中間体の反応素過程を直接研究する手段としてこの手法を応用することを試みた。本研究において新たに設計・製作した装置では、従来型の装置にクライオスタット内部回転機構の導入という改良を加えたが、本装置を用いてマトリックス単離させた試料、およびそれに光を照射して生成する不安定化学種の赤外吸収スペクトルを、従来型の装置を用いて得られたものと比較した結果、本装置は従来型と少なくとも同程度の機能を有することが判明した。この結果に基づいて、本研究の目的である不安定化学種と反応性分子との反応の研究に着手した。不安定化学種としてp-ニトロフェニルジアゾメタンから光化学的に発生するカルベンを、また、反応性分子としてアセトニトリルを選び、極低温、不活性マトリックス中における両者の光化学中、および熱的反応の赤外、および紫外可視分光法による直接観測を試みた。その結果、アセトニトリルを含むアルゴンマトリックス中に単離されたカルベンは、光照射を継続させるか、あるいはマトリックスを30Kに昇温することによってアセトニトリルと反応し、それぞれ異なる生成物を与えることが判明した。現在、アセトニトリル-N^<15>を用いた赤外吸収波数における同位体シフトの検出などの実験、さらに予想される化学種の密度汎関数法を用いた基準振動計算を行ない、カルベンとアセトニトリルとの反応で生成した化学種の構造について鋭意検討している。この様に、極低温マトリックス分離法は、有機化学反応の素過程の研究に有効であることが示された。
|